地図で何を伝えるか。
インフォグラフィックデザインとしての可能性
City & Life no.85 autumn 2007
特集 地図とまち---見る・歩く・つくる
発行:財団法人 第一住宅建設協会
取材・文:佐藤真(アルシーヴ社)…2007.8.7のインタビューを転載
視覚的な手段、ダイアグラムやチャートなどを使って情報を総合的に伝える方法がインフォメーショングラフィックスだが、地図もじつはそうした視覚的な伝達手段の一つにすぎない。だからこそ、地図にはまだまだたくさんの可能性が潜んでいる、こう言い切るのが日本のインフォメーショングラフィックスの第一人者木村博之さんだ。木村さんは、TUBE GRAPHICSの代表として、これまで20年間に渡って地図を中心に、ダイアグラムやチャート、グラフ、ピクトグラムなどを制作してきた。地図をよりわかりやすく、面白く見せるためには何が必要か。言葉がわからなくても図にしてデザインすれば、理解しやすくなる。インフォグラフィックデザインの一つとして地図を位置付け直すことで、地図の可能性を引き出そうというわけだ。
「地図は子供の頃から好きでした。父が捕鯨船などの船員だったので、寄港先からよく手紙をよこしたんです。そこに貼られた切手や消印がどこの国のものか知りたくなって、地図を見るようになり、それがきっかけで地図と付き合うようになったわけです。もともと小探検が好きでひとりで町内の山沢にでかけたりリアス式海岸の岸壁をつたって洞窟の奥に鍾乳石を見つけたりして遊んでいました。そんな時は必ず地図を携えていくわけですよ。隣の町に行く時なんかも、地図を持って移動してましたね。そんな地図オタクでしたから、大学では地形学を学び、ゆくゆくは国土地理院に就職したいなと思っていました。そんな時に、出会ってしまったんですよ、この本に」と言って差し出したのが、『イメージの冒険1 地図』(河出書房新社、1978)。かくいう筆者も、この本には衝撃を受けた。しかし、木村さんはこの本と出会ったことが、その後の人生をも決定づけてしまったのだ。
「それこそ毎日のようにページを開いていました。著者の一人である森下暢雄さんが今度美術出版社から『新技法シリ−ズ 地図をつくる』(美術出版社、1979)という本を出すというのを聞きつけて、今か今かと待ち続け、本屋で見つけた時には、もうこの路線で行くしかないと確信し、すぐに森下さんを訪ねたんですね。週末に門をたたいて、月曜日にはもう働いていました」。
木村さんは、森下さんのところで、その後始まる『ぴあマップ』を一緒につくるようになる。当時『ぴあ』はまだ現在のような週刊誌ではなく、センターページに見開きで毎月一つ地図が載るというものだった。当時としては画期的な地図づくりを試行錯誤で始めたのだ。現在ならば、Google Mapを見ながらわけなくできそうだが、当時はそれこそ実際に現地に赴いてすべての路地まで歩いては、こつこつつくる、とても手間のかかる作業だった。
「街路樹1本1本描くわけにはいきませんから、色のパターンを何種類かつくって、それを組み合わせることで樹木らしく見せることは高校時代に公園の緑を写生していた時発見しました。森下さんのところに世話になって3年目くらいだったかな、もう一つ自分にとって決定的な本に出会うんです。ルーファス・シーガーRufus Segarさんがデザインした『Atlas of Europe』(Bartholomew/Warne、1974)で、衝撃度でいえば、『イメージの冒険』よりもこっちの方が大きかったかもしれない。地図だけではなくグラフやチャートでヨーロッパの国を比較した本なんですが、棒グラフや折れ線グラフ、表などが3D(立体表現)で表わされていて、それぞれが組み合わされたり、ピクトグラムが登場したり、とにかく複合的なその表現、視点、デザインの仕方が今までに見たことにない斬新なものだった。これを見て、はは〜んと思った。地図というのも、こういう発想でつくれば、今までのものとはまったく違った、より親しみやすく、やわらかなものになるなと思ったわけです。地図というものを、なんとかもっとやわらかなものにできないかと考えていたわけですから、これだ、と思いましたね」。
それまで3D地図というとボルマンのニューヨーク地図がよく知られていた。マンハッタンのビル群がにょきにょき立ち上がった地図で、日本にも同じ手法を使って描かれた地図が少しずつ出てきてはいた。だが、木村さんは、ルーファスさんのつくりあげた3Dは、それとは根本的に異なったものだという。
「ボルマンのは、空から斜めに見下ろしただけで、ニューヨークの摩天楼を単純に立体化したにすぎない。しかし、ルーファスさんのは、いうなれば360度の目でぐるりと見る表現。何が違うのか。そこにはインフォメーションの意味が込められているんです」
ボルマンの3Dの地図は、アクソノメトリック図法を使用することで、都市を精確に表現しようとしている。ただそのために、たとえば、見る角度が決まっているために、ビルの裏側は見えないということが当然起こってくる。ところが、ルーファスさんの3D表現は、一種のデフォルメなので、焦点を当てたいところを自由に見せることができる。だから、ビルの裏側を見せたいと思えば、それもできるのだ。下から見上げたビルすら、ルーファスさんの表現には存在する。
「インフォグラフィックデザインとしての地図だから、それが可能になるんです。つまり、何をそこで見せたいのか。そのためには、どういう地図がいいのか。従来の地図と、発想そのものが違うんです。それに驚いたんですよ。そして、ものの見方そのものが変わりました。
たとえば、案内図をつくるとします。案内図というのは、初めて目的の場所に行く時に使われるものです。初めていく人がそれを見て迷ってしまったら、それは案内しているとはいえない。案内図はかんたんに見えますが伝えるという要素がギュッとつまったいわば地図の原点なんです。何が必要か。どういう見せ方がいいのか。その人の目線にポイントを置くのか、逆に目的の場所から見返す方がいいのか。真上から見るという方法もあるだろうし、横から見るというのもあるかもしれない。常にそれを必要としている人の視線から地図を捉える。地図がインフォメーショングラフィックスの一部だというのは、そこに何を見るかという情報の問題、すなわち意味を伝えるというところにポイントがあるんです。地図でやれることは、まだまだあるはず。Webが日常になって、その可能性はさらに広がっていると思います」
地図の需要と供給は、急速に紙媒体からWebへ移行しつつある。テキストとグラフィックスを別々に捉える見方そのものが、今問われている。そうした状況の中、それらの融合した表現であるインフォメーショングラフィックスの重要性は、ますます高まっている
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